矢山利彦コラム

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白隠禅師の内丹の法は「内観の法」又は「軟酥の法」と・・・

ヒーリングへの道しるべ  2009年4月 『ほろとろぴっく通心』より
白隠禅師の内丹の法は「内観の法」又は「軟酥の法」と・・・

白隠禅師の内丹の法は「内観の法」又は「軟酥の法」と呼ばれています。
これについて拙著「続気の人間学」で述べたことがあります。少し引用して紹介しましょう。
長年にわたって一心不乱、寝食を忘れた修行を続けたために、重い自律神経失調症、うつ傾向になった慧鶴(白隠禅師の青年のときの名)は、あらゆる治療を受けるものの効果はなく、絶望の淵に沈んでいたのでした。

たまたまある人が、「京都の山城の白河の町に近い山奥の洞穴に、白幽という仙人が棲んでいる。
年は200歳から300歳のあいだで、ふだんは人と会うのを嫌って隠れているのですが、天文学、医学にも深い知識をもっていて、礼を尽くして教えを乞うと、有益なことを示してくれる」と教えてくれたのでした。
そこで慧鶴は、苦労してやっとの思いで白幽仙人のもとにたどりついたのでした。

夜船閑話では「私は着物をからげ、峻岩を踏みこえ、茨を掻きのけてすすめば、氷雪は草鞋をしめらせ、雲霧は衣服をしっとりぬらし、重々しく体をおしつけた。
流れ出る汗を拭き、脂汗をにじませ、やっと白幽先生の住む洞穴の入口に垂らしてある芦の簾のまえにたどりつくことができました。

そこで、周囲の風景を見るとはなしに見渡せば、絶景佳景にして、熱した肌を涼風がひやり、神韻縹渺(しんいんびょうびょう)として身に清涼の気が浸み込み、身も心も霊感にうたれたように、恐懼の思いに肌寒きものがせまってきて洞穴に入りがたい趣があった。
そこで、岩の根によりかかって息を数えながら、静かに深呼吸し、しばらく休息して、落ち着きをとり戻し、襟を正して、おそるおそる身をこごめて、簾のなかを覗見すれば、白幽先生が目をつぶり、正しく坐っている姿がうす暗い洞穴のなかで朦朧と浮かんで見えた。

黒々とした髪は膝の上に長く垂れ下がり、朱顔はうるわしく棗のようで、大きな布を身にまきつけ、やわらかな草の上に坐っておられたのであった。
穴のなかは、五・六尺四方ぐらいで、生命をつなぐべき人の食物もなく、小さな粗末な机の上にはただ『申庸』と『老子』と『金剛般若経』の三冊の本が置いてあるばかりであった。

(続く)

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