矢山利彦コラム

HOME > 矢山利彦コラム > ヒーリングへの道しるべ  2010年4月 『ほろとろぴっく通心』より
刀気功の研究から見えてきた「不可視の技法」や「内宇宙を豊かにする」意義とは・・・

ヒーリングへの道しるべ  2010年4月 『ほろとろぴっく通心』より
刀気功の研究から見えてきた「不可視の技法」や「内宇宙を豊かにする」意義とは・・・

不可視の技法
刀気功を研究していると、江戸時代に花開いて今は失われてしまっている剣の技法について、いくつか見えてきたことがある。
無住心剣術といって、刀を上げ、ただ下げるという技法だけでどんな流派の相手にも負けず、最盛期には数千人の弟子がいたといわれる、万里谷円四郎という剣客のことだ。
これが真実とするならパワー、スピードといった世界に答えはない。
不可視の「気」の技術の中にしか答えはないはずだ。
気の武具である木刀を持って向かい合って、さまざまな「気」の技法を研究してみると、人は空間を隔てて向かい合っていても、さまざまな情報を交換し合っていることが如実にわかってくる。
戦う前に相手の「気」を抑えたり、止めたりすることは可能だが、それよりもっと有効な方法があることに気がついた。それを歌にすると冒頭に述べた歌になる。

「何ごとも嫌だと思わず淡々とやればスルスルできるものなり」
「気」の出る木刀を互いに構えた状態で、このような意識になれることが自分の目標でもある。

内宇宙を豊かに
不可視の技術とは、結局のところ、脳の中で起こっていることが、物理的現実にある影響を与えているということだ。
気功とは、身体の動きを通じて、不可視の技術に入っていくことに外ならない。
これが実感としてわかってくると、今まで「この世界は物質であり、物質的モア・アンド・モアを追及することが正しい生き方である」という深い洗脳状態にあったのではなかろうかと思えてくる。
なぜなら、不可視の技術を通じて脳の中の世界、内宇宙を豊かにすることは、物質的モア・アンド・モアのようにエントロピーの増大は起こさず、さまざまな生命体の住居である地球をおかしくしていく心配はないからだ。
内宇宙が豊かになると、物質的に必要以上に持つ欲求が減っていくだろう。
そして、人と人の内宇宙がつながっていることに気がついたら、戦争や資源の奪い合いや飢餓も減っていくにちがいない。
医療においては、人間を物質の集合体と見る臓器医学は、もう限界にきていると思えて仕方がない。人間を「気」の存在としてとらえた東洋医学を基礎にして、エネルギーの医学によって治し力を追究していくと、難病といわれるリウマチも治るようになってきた。
さまざまな分野の方が、「気」を組み入れた研究や生き方をされると、大きなブレイクスルー(壁の突破)につながっていくのではなかろうか。

最後に、「何ごとも嫌だと思わず淡々とやればスルスルできるものなり」

ショッピングサイトへ ページの先頭に戻る