矢山利彦コラム

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私たちの五感から入ってくる情報は、既に脳に蓄積されたデータに照らし合わせて取捨選択されて解釈されます。あなたが「確信」を求めるならば・・・

ヒーリングへの道しるべ 2011年10月 『ほろとろぴっく通心』より
私たちの五感から入ってくる情報は、既に脳に蓄積されたデータに照らし合わせて取捨選択されて解釈されます。あなたが「確信」を求めるならば・・・

(前回のつづき)


二十三、「自ら身ロ(しんく)を浄めざれば、心妄(こころもう)に随って非を追う。凡夫は根と界と、仏、慈悲ならずと怨み、食(じき)を要(もと)むれども食を得ず。衣を求むれども衣を得ず。」

五部陀羅尼問答偈讃宗秘論

 自分で自覚して、やってはいけないことを行わないようにし、言ってはいけなことを口にしないようにして下さい。いつでもそうしていないと、ある事が気にかかるようになり、さらには妄想すら浮かんでくるようになります。そして、それに引きずられて、してはいけないことをしたり、言ってはいけないことを言ってしまうことになるのです。そのような心が清まっていない、我々一般人の感覚と認識がつくり出す世界では、仏の慈悲心を感じることは難しい事なのです。そして物欲を満たしたいと仏に願ってもそれがかなうことはないのです。

二十四、「『経』に『阿頼耶(あらや)』といっぱ<という意味は>、これ執持(しゅうじ)。含蔵(がんぞう)の義なり。またこれ室の義なり。この宗の説かく'阿頼耶あってよくこの身を持せり。造作することあって万像を含蔵す。これを摂(しょう)すればすなわち所有(しょう)なし。これを舒(のぶ)ればすなわち世界に満つ」
十住心論巻第一

 我々の心の深いところに「アラヤ識」と名付けられた意識が存在することを密教僧たらが発見しました。「アラヤ」とは「含んでおさめる」という意味です。密教ではこのアラヤ識から我々の現実が生じてくると説いています。そして生じた現実の情報がまたすべてデータとして貯えられているのです。個人の意識はアラヤ識を通じてすべての存在とつながり、宇宙コンピュータともいえるネットワークをつくっているのです。これを手の内にいれれば、何かを自分が所有しているということはなくなり、また このネットワークを広げれば世界につながることができるのです。空海は阿頼識というインターネットをすでにもっていたのです。

二十五、「骨璅(こつそう)を縁じて不浄観を修すれば、通じてよくかくの如きの四貧(しとん)を対治するなり。」
十住心論 巻第四

 一度人体の骨格標本を観察してみて下さい。そして肉体が腐敗して骨になっていくさまをイメージするのです。どんな美しい人でも屍(しかばね)になって、放置すればそうなっていくことを免れることはできないのです。メメントモリ「死を想え」を実修し、生死の様に通じると、物欲'金銭欲、色欲'権力欲などの執着から徐々に放たれていくのです。  

(つづく)

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