(前回のつづき)
十七、「心暗きときは即ち遇う所悉(ことごと)く禍(か)なり。眼明らかなれば則ち途に触れて皆宝なり。」
おもしろくない、つらい、苦しい、悲しい、くやしい・・・こんな言葉があなたの中で渦巻いていませんか。それは顔にも体にも現れてきます。そんなあなたには、見るもの聞くものすべてが不快や禍の種となります。鏡で自分の顔と体を見て、思いきり明るい眼差しをしてみて下さい。そうすれば出会うものは皆、その中に宝が秘められていることがみえてきます。
十八、「心を改むこと己(すで)に難きのみ。何ぞ決定の天、獄有らんや。」
天国や地獄という定まった場所が存在しているのではありあません。したがってそこに定住するということもないのです。問題は自らの心を変えていくことが難しいだけなのです。
十九、「珠を持てば善念生じ。剣を把(にぎ)る殺心の器。」
人の心は縁にふれて変化します。美しい宝石を持てば、その光で心に善い思いが生じます。反対に剣をにぎれば何かを切ってみたい心が生じるのです。
二十、「行に在り、座に在りても、観智離れず。あるいは眠り、あるいは覚るに、道場すなわち変ず。」
行動しているときも、静かに座っているときも、物事を深く観察し、その奥の原因の世界を知ろうとして下さい。そうすると、眠っているときも覚めているときも、生きて修行しているこの世界がたちまち様相を変えてくるのです。
二十一、「一切有情はことごとく普賢の心を含(がん)せり。」
すべての生きとし生けるものは天地の道理にのっとって心を定め、またそうなる修行を行なって慈悲心を現わすことができるのです
二十二、「善人の用心は、他を先とし己を後とす。」
道理にかなった心の用い方は難しいものです。まず他の人のためになることを先にして、自分のためにすることを後にするとよいでしょう。しかし何がためになるのか?よかれと思っても害になることもあります。それを考え、正しく実行できる善き人になりたいものです。
(つづく)






