矢山利彦コラム

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前回より続いて白穏禅師の体験を紹介する・・・

ヒーリングへの道しるべ  2009年5月 『ほろとろぴっく通心』より
前回より続いて白穏禅師の体験を紹介する・・・

前回より続いて白穏禅師の体験を紹介する。

私は礼を尽くして、おもむろに病状を告げ、救っていただきたいとお願いした。しばらくして、白幽先生は眼をしずかにひらき、じーっと私を見つめて『われは山中に住む半死の老人で、栗や椎の実をひろって食らい、木の葉の露で、のどをうるおしているものにすぎない。あなたの求めに対して、教えるだけの資格のないのを残念に思います。』と、断られたのであった。私はひたすら辞を低くして、教えを乞おうとして去らなかった。そこでようやく、白幽先生は静かに私の手を握り、くわしく身体をながめ、さわって診察して、おもむろに口をひらき、『よきかな、よきかな、あなたの病気は禅病である。

真理の究明に度をすごし、修養と精進の節度をうしない、ついにこの重病にかかったのである。これは、医者にも治すことができない難病で、もし鍼灸医薬の三者にたより、この病気を治そうとしてもまったく不可能であり、また昔の名医といわれた扁鵲(へんじゃく・中国春秋時代の名医)や華陀(かだ)が全力を尽して治療しようとしても、全治することはできないものである。
ただいま、あなたは、内観参禅究理の方法を誤り、その度をこえたために病気になったのである。このままでは、あなたは死を待つばかりである。真剣に「内観の秘法」を実習しなければ、あなたの病気は全快せず、一生立ちあがることはできないであろう』といわれた」とあります。

長い引用をしたのは、仙人といわれる人が実在していたことを示す貴重な証言であるからです。イキイキとした出会いの様子、現在ではもはやこのような仙人はいないでしょう。慧鶴青年になったつもりでこの出会いをもう一度味わってみて下さい。
白幽仙人は、心気を胸より上にのぼらせることが病気のもとであり、心気を臍下丹田に落ちつかせて深い息を続けることを教え示したのでした。

(続く)

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